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 フツーが幸せ



先日、区役所へ行き婚姻届を頂いてまいりました。

フフフ・・・。



あぁ、これが婚姻届ってやつなのね。

このなんともいえないツルツルした紙質は

小学校時代の給食のメニュー表を思い出させるわ。

そういえば折り紙にもこんな質感のものがあったな。

カラーの単色刷りで、色や模様や手触りが好きで

よく集めていたっけ・・・。



この1枚の紙切れから思いがけないところへ

思い出がさかのぼる。



子供の頃はまさか自分が結婚するだなんて

考えたこともなかったなぁ。

同級生の中には将来の夢を「お嫁さん!」と

迷わずきっぱり言ってのける子たちもいたが

私には全く想像も出来ないことだった。



お嫁さんなんて

夢とか目標にするもんじゃなくて

誰だってなれるじゃん、結婚さえすれば。

フツーに結婚してフツーに子供産んで

家庭の主婦になるなんて簡単じゃん、

そんな平凡な人生なんて冗談じゃあない!

な~んて世間を斜めに見ちゃうようなイヤ~な

小学生だったのだ、ホント。



後に大人になって(結婚適齢期もとうに過ぎて)

「平凡な幸せ」と小バカにしていたことが

実は人生のエッセンスなのだ、と気づいたとき

私はそれまでの自分の傲慢さを認めないわけにはいかなかった。



私にとって日常生活の些細な事は

取るに足らないつまらないことでしかなく

そんなことしている暇があったら

もっと人から認められるような

なんかスゴイことをやらなくっちゃ、

だから結婚して子供作って主婦なんか

やってるわけにはいかない!と信じて疑わなかった。

子連れの若いカップルを見ては

「自分はあんな風に平凡な人生は送らない」と

勝手に人様を平凡呼ばわりして比べては

いきがっていたのだ。

あぁ、恥ずかしい・・・。





セラピストとしての勉強を重ねながら

自分と向き合う作業をしていくうちに、

人から認められるために周到に作り上げた

自分のセルフイメージ(専門的な分野で活躍し、

お洒落で人生を楽しんでいて、などなど)を

保つためにほとんどのエネルギーを消耗しているのだ

ということに気づき始めた。

幸せになるために頑張ってきたはずなのに

周囲が自分に対して抱いているイメージを裏切らないように

半ばビクビクしながら生きている自分に疑問を持った。



「ただの私 ではだめなの?」







自分を良く見せようと必死で背負い続けていた

いろんなものを一個一個手放していったら

とても楽ちんになった。

そして今まで自分のイメージを保つために使っていた

エネルギーは、自然と日常生活の細々したことに

注がれるようになっていった。



ほとんど外食で済ませていた食事を、自然食品の店で

元気な野菜を買い自分の手で料理をし

じっくり味わって食べること。

入浴時に自分の身体を隅々まで意識しながら

丁寧に洗ってあげること。

洗濯物をブティックに並んでいるように

美しくたたんでみること。

小学校の掃除の時間のときのように

雑巾で床を力いっぱい拭くこと。



今まではどこか上の空で適当に済ませていた

それらのことを意図的に行ってみると

あらゆることが愛しさで溢れてきた。



「平凡、て本当は平凡なんかじゃないんだ。」



そう思った私は、その昔、鼻で笑っていた

「結婚し家庭を持つ」という経験をしてみたい

と願うようになった。







そして今の彼と出会い、

私達はもうすぐ結婚する。





「いま手にしている幸せに気づき感謝できないのなら

 いつまでたっても幸せになんかなれっこないよね。」



「もっと、もっと、って幸せになるのを先延ばしに

 しているうちに人生終わっちゃう。」



結婚を目前に控え、日々このようなことを

語り合っているふたりである。



つまり、しあわせ、ってことであります。



 


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23:54 | 精神世界的恋愛思考
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