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 恋愛成就はスケジュール帳のおかげ・・・?

季節が移り、気がつけば店頭には既に来年用のスケジュール帳が
カラフルに並び始めている。

目にすると思わず手にとって眺めてみたくなるのはなぜだろう?
まだ何の予定も書かれていないページをパラパラめくっては
今年叶わなかったあんな事やこんな事をいつか書き記す日がくることを
想像しているのか、(あぁ、来年こそはハワイに行こう)
来年の恋人のバースデーが何曜日かチェックして早くもプランを練りにかかるのか
遠距離恋愛中だったりすれば、今度再会出来る日にハートマークでも
つけたくなっちゃうのか、
理由はともあれ、いろいろなデザインのスケジュール帳を物色するのは
なかなか楽しいひとときである。

私のお気に入りは、日本ではあまり店頭には並んでいないが
「We'Moon」という、月のリズムが記されている手帳だ。

We'Moon 2010 Calendar: Gaia Rhythms for Womyn (Wemoon Datebook Spiral Edtn)We'Moon 2010 Calendar: Gaia Rhythms for Womyn (Wemoon Datebook Spiral Edtn)
(2009/06/30)
不明

商品詳細を見る

2005年から2008年までの4年間、毎年重宝して使わせてもらった。
その時期はちょうど
今の夫にハワイで出会い、片思いで悶え、その後同棲を始め、
突然の遠距離になって、日本で結婚するまでの4年間と重なっている。

夫との関係を成就させるにあたっては、たくさんの奇跡に導かれたわけであるが
その間サポートしてくれた素晴らしい友人達やハワイのヒーラー達と共に
大きな役割を果たしてくれたのが「新月の願いごと」だった。

ダイアリーには毎日の月齢はもちろん、新月、満月に入る時刻(西海岸標準時)まで
記されているので
月のリズムを意識しながら日々生活し、新月の願い事をするのに
大変便利だったのだ。

それに加え、日々の出来事を書き込めるスペースがほどよくあるため
当時、思いっきり恋愛モードだった私は
その日のドキドキや苦しい思いやグチャグチャ涙のことなどを
ぶつけるように毎日欠かす事なく書き連ねていった。
そうやって言葉に記すことは自分の気持ちを客観的に眺め、
自分の直観に従って正直に進んでいくことを助けてくれたのだった。
つきあうようになってからは、
「彼と一緒に過ごす時間はどんな瞬間も特別」という気持ちで
日々のほんの些細な出来事を書き留めた。

たとえば

「2005年9月11日(日)
朝ヨガ。帰りにコクアマーケットに寄りニョッキの材料の買い出し。
ランチはコクアマーケットで買った豆腐ムスビ。
少し昼寝してからホノルルコーヒーカンパニーへ午後のコーヒーを飲みに行く。
帰りにコールドストーンでアイスをテイクアウト。
ディナーはしぐれ味噌パスタで簡単に済ませ、ニョッキ作り開始!
ポテトをマッシュするのに苦労するがなんとか無事に出来上がる。
その後ラナイでコーヒー&アイスクリーム。」

・・・なんか、食べ物のことばかりだな。
けれど、この数行のメモを読み返すとその当時の様子が
今でも鮮やかに細部まで甦ってくるのだ。

前の晩に彼がイタリアのマンマに電話してニョッキのレシピを
おしえてもらったこと、
小さなキッチンに二人で並んでたくさんのポテトの皮むきをしたこと、
夕方のラナイに吹いてくる風の様子、ラナイから見渡す景色や
街の喧噪に至るまで、まるで五感が、細胞が、その瞬間の記憶を
再生させているかのようだ。









あ、失礼、
ちょっと思い出に浸ってました・・・

日記に記し続けてきたような、些細な日々の積み重ねを経て
いまにつながっているんだなぁ。



結婚生活というものは、うっかりするととても単調になりがちだ。
夫婦一緒に食事したり、テレビや映画を観たり、
夜一緒に寝ることだって、なんだって夫婦を前提として考えると
「当たり前」のことになってしまう。
「夫婦なんだから当然」、みたいな
あるんだかないんだかわからないような
その昔から人々の間で共有されてきた「記憶」に
現実を重ねていくのだ。

いつの間にか感謝することより、不平不満のほうが大きくなってくる。

そしてある日、二人でいることが幸せでも有り難くも
何でもなくなっていることに気づいて
「あぁ、一体あの頃のわたしたちは何処へいってしまったのか?」
と自分に疑問を投げかける。

当たり前、と見過ごしてきた何気ない日々や出来事が急に
愛おしく思えてくる。

そして、当たり前のことなんて実は何ひとつなかったのだと
今さらながらに痛感する。

そのとき、隣でいびきをかきながら寝ているパートナーを見て気づくのだ。
相手が、何かが、変わってしまったのではない。
変わったのは自分自身なのだ、
相手に対する自分の見方が変わっただけなのだ、と。

愛おしいはずの日々を退屈で不満だらけのものに変えてしまったのは
自分だったのだ。



そんなシナリオが頭に浮かんできて、自分を振り返ってみると、
毎晩アイスを食べながら「スタートレック」に夢中になっている
夫にイラついていることに気づく。

イライラしようが、感謝しようが、
目の前で起こっている事は少しも変わらない。
出来事は変えられないが、自分の気分なら変えられる。
自分のために、どちらを「選ぶ」のか?
どっちの気分になりたいかを決めるのは自分なのだ。

テレビに夢中になっている夫の背中が愛おしく感じられ、
しあわせ気分に浸りかけたそのとき、
夫が振り向き、友人と写っている自分の写真を私に見せて言った。

「ホラ、これ見てよ!
この写真のボクってイイかんじでしょ。
キミの夫はこんなにイイ男なんだぞ~」


・・・・・・・・・


ハイ、わかってます。

今度の休日には久々にニョッキでも作ってみましょうか?





いつも温かい応援、ありがとうございます!

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13:54 | 精神世界的恋愛思考
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