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 キーワードは「マンマ」



「あぁ、私は本当にこの人と結婚するのだなぁ。」



と、彼との結婚を現実のこととして実感したのは

全く以外な、それでいて平凡な瞬間だった。



それは婚約指輪をはめたときでもなければ

私の両親に婚約報告をしたときでも

結婚手続きの書類を準備しているときでさえなかった。







先日の母の日に、彼と電話で話していたときのこと。

日本からイタリアの彼のマンマ宛に送っていた

母の日カードが無事に届いたことや、

それを読んだマンマが感動のあまり

思わず泣いてしまったらしい、

という嬉しい報告を聞いて

そういえば彼も私の母に母の日メールを送ると

言っていたのを思い出したので

気になって尋ねてみると



「あ!!!そうだったよね、すっかり忘れてた!

 今からすぐにメールを送るよ。」



と、慌ててキーボードを叩き始めたのであった。

・・・・・・あ、そう、忘れちゃったのね。



しばらくしてキーボードを打つ手を休めて彼が言った。



「ボクにはマンマが二人いるんだよね、

 その状況にまだ慣れてなくってさぁ。

 キミはいつもボクの家族のことも

 考えてくれていて本当にありがとう。

 今回のこと、忘れちゃっててゴメンね。」







マンマが二人いる_。



自分のマンマとパートナーのマンマ、合わせて二人。

考えてみれば当たり前のことなんだけれど

私にとって彼のマンマはあくまでも「彼の」マンマであり

それが結婚によって「義理の」母になる、

そんな風にしか思っていなかった。



ところが彼が口にした



「ボクにはマンマがふたりいる」



という表現には、なんというか

もっと親密さがこもっていて

形式的な家族以上のものがあった。



家族の結びつきが強く絆を大切にするイタリア人である彼が

私の母のことをごく自然に「マンマ」と呼んだ。

それは、なぜかくすぐったいような感覚で

でも心にズシンと響いてきたのであった。



そしてその瞬間、

私は彼と結婚するのだ、

というリアル感がどっと押し寄せ

その感じに心地よく身を任せるようにして

改めて静かに幸せをかみしめた。



遥か昔の若かりし頃、

「結婚なんてたかが紙切れ1枚のこと」

とか

「結婚は当人たちの問題、家族なんて関係ない」

なんて、やけに突っ張った青臭い考えを

格好良さそうに振りかざしていた自分がいたことを

懐かしく思い出しながら。




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22:35 | 彼はイタリア人
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